未知の国エリトリアの旅 ~高原都市アスマラと紅海に面した歴史都市マッサワの魅力~

レトロ感溢れる「シネマ・インペロ」(エリトリア/アスマラ)

建物正面の文字が印象的なシネマインペロ(エリトリア/アスマラ)

建物正面の文字が印象的なシネマインペロ(エリトリア/アスマラ)

シネマ・インペロは、1937年、イタリア植民地時代の最後の時期にアスマラに建設された最大の映画館です。特に建物正面が特徴的で“CINEMA IMPELO”の文字に囲まれた円形や方形の窓は、1930年代の映画館建築としては異彩を放っています。

ロビーも白い大理石の階段も当時のままです。館内装飾も意匠が凝らされ、観客席から舞台を隔てる柱にはライオンの柱頭が、壁にはダンサーやヤシの木、アンテロープなどアフリカらしいモチーフが化粧漆喰で描かれています。館内には映画「ニュー・シネマ・パラダイス」を彷彿させるような古い映写機も展示されています。アールデコ調のレトロ感がなんともいえません。現在でも映画が上映され、地元民にも愛され続けている映画館を是非覗いてみてはいかがでしょうか。

イスラムとイタリア建築融合の象徴「グランドモスク」(エリトリア/アスマラ)

アスマラのイスラム教徒の聖地「グランドモスク」(エリトリア/アスマラ)

アスマラのイスラム教徒の聖地「グランドモスク」(エリトリア/アスマラ)

グランドモスク(Al Khulafa Al Rashiudin)は1938年イタリア植民地時代に建てられたモスクで、ムーア様式(イスラム風建築)とローマン様式(イタリア風建築)が融合した大変珍しい建築です。すぐ近くには教会があり、異なる宗教が共存する国エリトリアを象徴しています。

エリトリアで多数派を占めるエチオピア正教の教会(エリトリア/アスマラ)

エリトリアで多数派を占めるエチオピア正教の教会(エリトリア/アスマラ)

モスク正面には、ダークストーンのブロックが幾何学模様に敷き詰められた広場があり、タクシーや地元の人々の溜まり場となっています。アスマラには、イスラム教徒が多く、このモスクは都会生活をおくるイスラム教徒にとって、最も重要なところとされています。

砲撃の跡が生々しい旧皇帝宮殿(エリトリア/マッサワ)

砲撃の跡が生々しいマッサワ旧皇帝宮殿にて(エリトリア/マッサワ)

砲撃の跡が生々しいマッサワ旧皇帝宮殿にて(エリトリア/マッサワ)

16世期にオスマン帝国によって作られた宮殿で、イタリア植民地時代はマッサワ市庁舎として使われました。エチオピア支配期に、エチオピア最後の皇帝ハイレ・セラシエ皇帝が、エチオピア海軍士官学校の卒業式のために毎年マッサワを訪れた際に使用したため、皇帝の宮殿と呼ばれています。

2階建ての上にドームを頂く独特の建物ですが、1980年代後半の独立戦争期にエチオピア軍からの爆撃を受け、現在は廃墟となり、遠巻きに眺めることしかできません。現在はエリトリア政府の所有になっており、戦争時の悲惨さを語り継ぐためにそのまま保存されています。砲撃の跡が生々しい旧皇帝宮殿はマッサワに来たら是非見ておきたいポイントです。

現存するアフリカ最古の銀行建築 旧イタリア銀行(エリトリア/マッサワ)

現存するアフリカ最古の銀行建築 「旧イタリア銀行」(エリトリア/マッサワ)

現存するアフリカ最古の銀行建築 「旧イタリア銀行」(エリトリア/マッサワ)

旧イタリア銀行は現存するアフリカ最古の銀行建築の1つです。1920年代にイタリア人によって建てられ、数十年間、イタリア統治下において最大の銀行として機能していました。その後、エチオピア占領下においては、ハイレ・セラシエ銀行と改名されました。

この建物は四面をバルコニーに囲まれ、コリント式柱頭、有孔欄干、クローウィング・コーニス、中方立て窓など細部の装飾にも贅が尽くされ、マッサワの黄金時代を彷彿とさせます。独立戦争の間に、旧ソ連とエチオピア軍の爆撃により大きく損傷を受け、しばらく廃墟となっておりましたが、現在はクウェート企業による修繕計画が進められ、全室スイートルームの高級ホテルに生まれ変わる予定です。

 

ペンギン案内人8号/渡邊 竜一

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