ミャンマー観光案内 人とは違う旅行を目指して-その1

チャイティヨーパゴダの参道にて。

チャイティヨーパゴダの参道にて。

1960年代以降から続いていた軍事政権の影響で長く閉ざされていた国、ミャンマー。「アジア最後のフロンティア」とも称され、ひと昔前までは旅行に行くのが難しい国の一つでもありました。しかし今ではそれも過去のこと。現在のミャンマーは誰もが簡単に訪れることが出来、旅好きがこぞって訪れる魅力あふれる国なのです。
そんな私も実はミャンマーにはこれまで3回訪れたことがあります。今回は実際に訪れた経験をもとにこの国の魅力についてお話していければと思います。

アウン・サン・スー・チーさんとクーデター

町中でスーチーさんの絵が売られている

町中でスーチーさんの絵が売られている

このミャンマーの原稿を書いている本日2021年2月1日驚きのニュースが入ってきました。なんと、ミャンマーの実質的な最高責任者である国家顧問のアウン・サン・スー・チーさんがクーデターにより国軍に拘束されたそうなのです。
アウン・サン・スー・チーさんは1947年に暗殺された建国の父アウンサン将軍の娘です。イギリス人の学者と結婚し、京都大学の客員研究員も勤め、1988年よりミャンマーの民主化闘争に参加します。3度にわたり約15年も自宅軟禁されながらも軍事政権に屈せず、1991年にはノーベル平和賞を受賞します。1999年ごろ、当時3歳だった私は両親に連れられミャンマーを訪問。ヤンゴン市内のスー・チーさんの自宅を外からですが、見に行ったこともあるそうです。ちょうどその時彼女は家の中から外に向けて演説をしていたそうです。このころは軟禁状態でした。

スーチーさんの家にて。フレンドリーな警備さん。

スーチーさんの家にて。フレンドリーな警備さん。

その後自宅軟禁から解放された彼女は、2015年の選挙で圧勝。2016年には国家顧問となりました。半世紀以上続いた軍主導の政治が終止符を打ったのです。ミャンマーの人々はこの日をどんなに喜んだことでしょう。2018年、私は社員旅行でミャンマーを訪問した時は、スー・チーさんの自宅を再度訪問。といってもその時も外から見ただけですが、警備の人がフレンドリーなことが印象的でした。
しかし最近はまた軍との間で憲法改正を巡り、緊張状況が続いていました。それに加えミャンマー内の少数民族ロヒンギャに対する迫害の問題が、国際社会などから激しい批判を受け、ノーベル平和賞を剥奪しろという声まで上がっていました。
そんな中でのクーデターです。今後のミャンマーの政治、そして、かつては人権の女神といわれたスー・チーさんはどうなるのでしょうか?

私にとってのミャンマー

シュエダゴォン・パゴダ(パヤー)

シュエダゴォン・パゴダ(パヤー)

私がミャンマーに初めて訪れたのは、まだ年端も行かない2歳の頃。正直当時の記憶は1ミリも残っていないのですが、そこで出会った人々の素晴らしさについて、大きくなった今も時々両親から聞かされるのです。異国の子供を我が子のように可愛がり抱っこしてくれたり、売り物を当然のようにプレゼントしてくれたり・・・。

ミャンマーの親子。子供に塗られているのが「タナカ」

ミャンマーの親子。子供に塗られているのが「タナカ」

その後2003年に一度、そして2018年にもう一度ミャンマーに再訪しているのですが、やはりそこでも現地の人々の優しさを実感する出来事が多くありました。特に2003年、まだ私が小学校1年生の頃などは、日本語がペラペラなガイドさんがずっと私の遊び相手をしてくれて、腕相撲やじゃんけんなどでずっと盛り上がっていたのを覚えています。しかし子供に遺跡の良し悪しが分かるはずもなく、この時のミャンマー旅行はガイドさんの印象しか残りませんでした。
幸いにも2018年に再訪を果たし、そこでやっとミャンマーの魅力に触れた私。幼い頃には感じ得なかったミャンマーの遺跡群の壮大さや、寺院の美しさ。そしてなにより人々とのふれあいに心を打たれたのです。

ミャンマーってどんな国

仏教国らしい象のかたちの民芸品

仏教国らしい象のかたちの民芸品

東南アジアに位置し、中国やタイ、バングラデシュ、ラオス、インドと国境を接する国、ミャンマー。
ご存じの方も多いと思いますがミャンマーと言えば国民の85%以上が仏教徒の仏教国。この国最大の見どころにして世界的にも有名なバガンは、無数の仏塔が建ち並ぶことで知られ、カンボジアのアンコールワットに並び世界三大仏教遺跡として数えられています。

トラックで出会ったミャンマー人親子

トラックで出会ったミャンマー人親子

そんなミャンマーですが、他の東南アジア諸国と比べてもまだ観光地化されておらず、素朴さが残っているところも魅力のひとつと言えるでしょう。民族衣装を着ている人が多かったり、タナカと呼ばれるミャンマー独特の自然派化粧品を使ったり、他の東南アジアよりも伝統文化を強く感じます。また、人々の生活の中に当たり前のように宗教が溶け込み、穏やかな空気感が漂うこの国は、人とは違う旅をしたい人にピッタリの国。バガンの他にも古都のマンダレーやチャイティヨーのゴールデンロックなど見どころがたくさんあり、心優しい人々とのふれあいもこの国での楽しみの一つです。

チャイティヨーパゴダ

チャイティヨーパゴダ。なんで落ちないのか不思議

チャイティヨーパゴダ。なんで落ちないのか不思議

首都ヤンゴンから北東へ210kmの場所にあるチャイティヨー。ここの唯一にして最大の見どころはゴールデンロックと呼ばれる黄金に輝くパゴダにあります。
そもそもパゴダとはミャンマーの言葉で「仏塔」を意味する単語。首都ヤンゴンでもパゴダは多く見られるのですが、ここチャイティヨーのパゴダはそれらとは明らかに異質な存在なのです。そんな不思議なパゴダがあるのは標高1100mの山の頂上。山頂まではトラックの荷台に乗って駆け上がっていきます。

夜になるとライトアップ!

夜になるとライトアップ!

トラックを降り暫く巡礼路を歩いて行った先。切り立った崖の上に、落ちそうで落ちない金色の岩が鎮座する不思議な光景が広がります。それこそがゴールデンロックと呼ばれるパゴダであり、同時にミャンマー屈指の巡礼地。特に夜になりパゴダが美しくライトアップされる姿は圧巻で、多くの人々が参拝に訪れるのです。私も一度この場所に訪れたことがありますが、想像以上の人混みでびっくり。中には日の出で輝くゴールデンロックを拝もうとそのまま広場で夜を明かす信者も多く、夜の段階から既に場所取りをしている人も。朝は夜ほど人が多くないので、せっかく訪れるなら夜と朝両方のゴールデンロックを目に焼き付けるのがオススメです。

バガン(パガン)

バガンビューイングタワーからの眺め

バガンビューイングタワーからの眺め

バガン(パガン)はかつてビルマ族によって史上初の統一王朝が築かれた場所。1044年から約3世紀にわたり栄華を極めたこの土地には、今も数千の仏塔が残り、幻想的な景色をつくり出しています。この世界にも類を見ない光景は、カンボジアのアンコールワット遺跡やインドネシアのボロブドゥール遺跡などと共に「世界三大仏教遺跡」として数えられていて、世界遺産にも登録されています。

ダマヤッズィカ・パヤーの隣のパヤーからの眺め

ダマヤッズィカ・パヤーの隣のパヤーからの眺め

点在する仏塔は大きいものもあれば小さいものもあり、サイズも色もさまざま。特にアーナンダ寺院はバガン最大の見どころで、黄金のパゴダ内に置かれた東西南北の4つの仏像は迫力があります。東西の像は一度火事で燃えて再建されたそうですが、南北のものはオリジナル。見る角度によって異なった表情を見せる仏像は必見です。
そして無数に広がるパゴダを見渡すなら「バガンビューイングタワー」という展望台からの眺めがおすすめ。特に夕暮れ時のオレンジ色に染まっていく遺跡群は息をのむ美しさなのです。

ヤンゴン

金色に輝くシュエダゴォン・パヤー

金色に輝くシュエダゴォン・パヤー

ミャンマーの旧首都であるヤンゴン。実は2005年に現在の首都であるネピドーに首都を移したそうなのですが、まったくその事実を知らず幼い頃の知識のままでいた私。ガイドさんから説明された時はびっくりしてしまいました。しかし首都でなくなった現在もヤンゴンはミャンマー最大の都市であり、経済の中心となっています。
19世紀、3度にわたるイギリスとの戦争を経て植民地となったビルマ。ヤンゴンの町中には当時の面影を残すコロニアルな雰囲気の建物が数多く残され、天に向かって伸びる黄金のパゴダとのコントラストがユニークなのです。

チャウッターヂーパゴダの大きな仏像

チャウッターヂーパゴダの大きな仏像

そしてここヤンゴンにある「シュエダゴォン・パヤー」と呼ばれるパゴダは国内最大の聖地。境内にはいくつも祈りの場が設けられ、国内外から多くの人が訪れるのです。ここには曜日ごとに神様がいるのが特徴。自分の生まれた日の曜日に沿った神様の前でお祈りをすると願いが叶うのだとか。私は金曜日生まれでモグラの神様。月曜はトラ、火曜はライオン、土曜は龍なのにモグラとは…なんか弱そうですが、神様には変わりないのでとりあえず拝んでおきます。写真で見るよりもずっと迫力のあるパゴダはヤンゴン観光で外せないスポットです。

 

ペンギン案内人5号/川崎 彩乃

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