「絵巻のような平面美」アジャンターと「模型のような立体美」エローラの旅 前編

アジャンタ石窟群にて
動植物が並べられた天井画がくっきりと残っている

動植物が並べられた天井画がくっきりと残っている

日本で「寺院」と聞くと、京都のお寺として代表的な清水寺や、巨大な大仏が有名な奈良の東大寺など、立派な本殿や門を構える建造物を想像する方が多いかもしれません。では、仏教発祥の地であるインドはどうでしょう?代表的な聖地ブッダガヤにある寺院には、複雑な彫刻が施された煉瓦造りの主塔がそびえ建ち、日本の建物とは全く異なる姿となっています。そんなインドの寺院の中でも、今回は世界遺産となっている2つの「石窟寺院」をクローズアップします。前編はアジャンターの石窟寺院、後編はエローラの石窟寺院をご紹介します!

アジャンターの石窟寺院とは?

頑丈そうな岩を神殿のようにくり抜いた寺院群

頑丈そうな岩を神殿のようにくり抜いた寺院群

日本にも僅かながら石窟寺院は存在します。しかし、インドの寺院は巨大な規模と古い歴史、そして美術的価値を併せ持っています。アジャンターの石窟寺院。その名で知られるワーグラー渓谷の断崖中腹に残された仏教寺院群は、主に紀元前1世紀(前期窟)と紀元5世紀(後期窟)の2つの時代に開かれました。仏教僧たちが雨を避けて修行に専念できるように、岩をくり抜いて造られたのが始まりとされています。

絵画だけでなく残された彫刻も見事なもの

絵画だけでなく残された彫刻も見事なもの

石窟には、仏教徒が共同生活を行う僧院(ヴィハーラ)と、仏陀を象徴する仏塔などの聖なるものが据えられた塔院(チャイティヤ)の2種類があります。アジャンターの最大の特徴は、古代に描かれたとは思えないほどの美しい壁画です。なかでも見どころの石窟を紹介しながら、寺院の価値や内装の意味を掘り下げていきましょう。

まずはここだ!第1、2窟<後期ヴィハーラ窟>

曲線が美しい蓮華手門神が描かれた第1窟

曲線が美しい蓮華手門神が描かれた第1窟

アジャンター石窟寺院は川の流れに沿って、上空から見ると全体が馬の蹄のように形作られた寺院群です。入口から続く急な坂道を上り、最初に目につくのが第1窟。アジャンター最大の見どころとも言える5世紀の後期ヴィハーラ窟です。重厚な柱が印象的で宮殿のような造りの内部。彫刻も美しいのですが、細やかな天井画や壁画も完成度が高く、特に本堂入口に対となって描かれた守門神の壁画は必見です。

天井画の青い塗料はラピスラズリの顔料なのだとか!

天井画の青い塗料はラピスラズリの顔料なのだとか!

左側の蓮華手守門神はアジャンターの壁画における最高傑作と言われます。体をS字に捩ったなめらかな曲線が美しい「三曲法」というインド固有の表現法で描かれています。第1窟の隣にある第2窟も後期ヴィハーラ窟となっており、保存状態の良い壁画が残っています。釈迦誕生の物語の場面に加え、壁一面に描かれた千体仏には圧倒されました。

この球体の正体は?第10窟<前期チャイティヤ窟>

簡素な空間に現れる巨大な球体の意味は?

簡素な空間に現れる巨大な球体の意味は?

前期チャイティヤ窟である第10窟に入ると、独特な内装に驚きます。仏像が見当たらず、奥に巨大な丸いストゥーパ(仏塔)が鎮座しているのです。神聖で簡素な無機質感が漂っており、最初見た時は一瞬『GANTZ』の玉の白いバージョンかと思いました。第10窟が造られた時代、実はまだ仏像という表現がなかったようで、このような形になったとされています。

後期チャイティヤ窟である第19窟のストゥーパは複雑

後期チャイティヤ窟である第19窟のストゥーパは複雑

ストゥーパはもともと、釈迦の遺骨(仏舎利)を納めた塚でした。シンプルな塚だった仏塔は、仏陀の説話等を含めた装飾が施されるようになり、後のガンダーラ美術に代表される仏教美術が生まれます。しかし最初は仏陀自体ではなく、足跡や傘などの象徴的な表現でした。紀元後1世紀頃、徐々に人の姿をした仏陀を崇拝する仏像崇拝が広がりました。前期窟と後期窟で内装が異なるのは、このような文化の変遷が関係しているからです。

必ず立ち寄ろう!第16、17窟<後期ヴィハーラ窟>

2体の象がかたどられた第16窟の入り口

2体の象がかたどられた第16窟の入り口

第16窟、第17窟はともに後期ヴィハーラ窟です。第16窟の入り口にはエレファント・ゲートと呼ばれる象の形をした門があります。印象的な入り口とは裏腹に内部は簡素で、残っている壁画も少ないですが、転法輪印(釈迦がジェスチャーをしながら説法した時のポーズ)を結ぶ本尊の仏像は立派で見ごたえがあります。

天井まで隙間なく細かな壁画が残る第17窟

天井まで隙間なく細かな壁画が残る第17窟

第17窟は壁画の保存状態も良好で、入り口から装飾が美しく残っています。内部に入ると、一面にびっしりと広がる壁画に驚くかもしれません。これらの壁画は仏陀の前世物語や仏教説話などがモチーフとされています。石窟内は暗いので撮影は一苦労ですが、実際に目で見るとその色鮮やかさに圧倒されます。壁画は勿論のこと、天井画も見逃さないように!繊細な植物のモチーフは、アール・ヌーヴォーをも彷彿とさせるような美しさです。

未完成の美学?第26窟<後期チャイティヤ窟>

穏やかな顔の涅槃像はインド最大のもの

穏やかな顔の涅槃像はインド最大のもの

アジャンターにおいて、最後まで開窟作業が続けられたものの未完成であるチャイティヤ窟が第26窟。美しいストゥーパを中心に、回廊も含め細かな装飾が刻まれています。さらにここには、圧倒的な存在感の涅槃像が微笑みを浮かべて体を横たえています。

第26窟の壮麗なストゥーパは思わず見惚れてしまう

第26窟の壮麗なストゥーパは思わず見惚れてしまう

アジャンターでは全部で30の石窟寺院が発見されましたが、ほとんどが未完成です。全て完成していたら壮大な寺院群になったはずですが、個人的には「未完成」にも価値があると思います。日光東照宮の逆柱に関する「建物は完成と同時に崩壊が始まる」という俗信に少し似た考えです。もっと砕いた表現をすると、長く連載していた漫画が完結すると喪失感を感じてしまうような。完成への不安と未完成への期待という曖昧な感情ですが、「終わらないこと」に期待してしまうのは人間の性かもしれません。

 

ペンギン案内人13号/山口 優

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