「世界四大文明」を訪れる旅~子供の頃に教科書で習ったあの場所へ~

太古より流れを変えないナイル川

太古より流れを変えないナイル川

「世界四大文明」と聞いて、「エジプト文明」、「メソポタミア文明」、「インダス文明」、「黄河文明」と思い浮かべる方はまだまだ多いハズ。いつからか「四大」とは定義される事がなくなりましたが、いずれにせよ、地球上で最初の方に賑わった古代文明にロマンを感じないわけがありません。その地に足を踏み入れたい!でも、その4つの古代文明は現在のどこなの?と行きたいけど場所が曖昧な方もいると思いますので、その舞台をご案内いたします!

ナイル川流域で栄えた【エジプト文明】の舞台

絶景過ぎるバック!!ギザの3大ピラミッドと私

絶景過ぎるバック!!ギザの3大ピラミッドと私

古代文明の中でも一番有名で、現在の場所の正解率もおそらく100%だと思われる「エジプト文明」。砂漠と海に囲まれた閉鎖的な土地柄、異民族の侵入も少なかったエジプトでは、来世的な都市文明が生まれました。そして皆さんご存じの通りエジプトといえば「ピラミッド」。紀元前2500年前後の古王国時代に建造された有名な「ギザの三大ピラミッド」はエジプトの首都カイロから車で1時間ほどのところにありますので、カイロに行くだけでもピラミッドが見れるのです。

美しすぎる!岩壁に沿って建つハトシェプスト女王葬祭殿

美しすぎる!岩壁に沿って建つハトシェプスト女王葬祭殿

また、紀元前2000年頃の中王国時代は都がナイル川上流テーベに移されました。ここが現ルクソールです。ここルクソールへはカイロから国内線で、又は近隣の国から国際線で入る事が可能です。ルクソールにもカルナック宮殿や王家の谷など多くの素晴らしい遺跡が残ります。5000年前の繁栄の地に立ってみたくありませんか?

肥沃な三日月地帯に栄えた【メソポタミア文明】の舞台

メソポタミア文明最高のジグラット(聖塔)

メソポタミア文明最高のジグラット(聖塔)

メソポタミア文明は、紀元前4000年頃、チグリス川、ユーフラテス川に挟まれた土地にシュメール人が都市国家を築き始めた事により興りました。初期の頃栄えていた都市は下流のウルク、ウル、ラガシュ。この場所は現在の「イラク」南部にあたります。遺跡としては世界遺産にもなっているナッシリアの「ウルのジッグラト(聖塔)」、サマーワ近郊の「ウルク遺跡」、またテル・アル・ヒバからは「ラガシュ」の出土品が出ています。

遺跡の壁にはシュメール人の残した楔形文字が残る

遺跡の壁にはシュメール人の残した楔形文字が残る

メソポタミアではシュメール人都市国家が一時期衰退し、その際に統一を果たしたのがアッカド王国のサルゴン王、そして紀元前18世紀にはバビロンを都とする古バビロニア王国が生まれます。「目には目を、歯には歯を」の復讐方は有名です。現在の「イラク」バグダッド南方にある遺跡は世界遺産にも登録されました。危険なイメージのあるイラクですが、素晴らしい遺跡が残っているのです。

インダス川流域で栄えた【インダス文明】の舞台

思いを馳せたいハラッパー遺跡

思いを馳せたいハラッパー遺跡

紀元前2600~1700年頃、メソポタミアとも交易のあった南アジアの古代都市インダス文明。アラビア海に注ぐインダス川流域で栄え、都市計画のされた居住地や排水溝設備、精巧な宝飾品など、極めて高度な文明水準を持っていたとされる文明です。上流のハラッパー遺跡は、現パキスタンのラホールの南西200キロのところに位置します。ここに当時の井戸、柱、排水溝など基礎部分が残っているのみなので思いを馳せるしかありません。

優れた技術も残るモヘンジョ・ダロの遺跡

優れた技術も残るモヘンジョ・ダロの遺跡

また、インダス川下流にある遺跡がモヘンジョ・ダロです。カラチから国内線でサッカルへ、そこから車で1時間半程のところにあります。ここでも精密な都市計画、優れた排水溝技術が発展しました。モヘンジョ・ダロでは住宅跡や上下水の跡、沐浴場跡など様々な遺跡を見る事が出来ます。繁栄したインダス文明ですが、文字は未だ解読されておらず、急に衰退を始め消滅してしまった謎の多い文明です。

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