【秘境】ギニアとは?どこにある国?行き方やツアーもご紹介

コナクリの子供

コナクリの子供

シエラレオネと並び世界の最貧国にリストアップされる西アフリカのギニア。貧しいけれど人々は明るくエネルギッシュです。フランスの植民地として豊かに生きるより、貧しくとも自由に生きることを選び、ギニア人は1958年に一方的にフランスからの独立を宣言したのです。たくましく生き続けてきた人々の国ギニアとはどんな国なんでしょうか?2019年にギニアを旅したペンギン2号井原三津子がこの国の魅力に迫ります。

ギニアってどんな国?

マルシェで積み上げて売られるパーニュという布地

マルシェで積み上げて売られるパーニュという布地

どこからともなくジャンベと言うギニア発祥の太鼓の音色がリズミカルに響いています。バザールにはカラフルなパーニュと呼ばれる布地が積み上げて売られていて、その鮮やかな色の洪水に圧倒されるのです。この国を一言で表現するなら色彩と音楽の国でしょうか。
古くはマリ王国やガーナ王国の領土だったギニアですが、後1904年にフランスの植民地となりました。でも1958年に独立後は貧困への道をたどりました。インフラの整備も遅れ、軍によるクーデターもあり、幸せとは言えない歴史が続きました。
ホテルに泊まれば快適で、私たちは気付かないのですが、首都コナクリでさえ普通の家庭にはガスも電気も通っていなくて、電気だけは通っているという家庭でも停電するのは当たり前。プロパンガスも爆発することがあって危ないため使えなくて、炭火で料理するのも一般的といいます。

コナクリの人々

コナクリの人々

民族の言葉スス語と共にフランス語が話されています。イスラム教が主流なのでコナクリの町中にはグランモスクという5000人収容の巨大なイスラム寺院もあります。コナクリは海に面しているので、マルシェには漁師が水揚げしたばかりの新鮮な魚が並べられています。混沌としてごった返し、まさにパワフルなアフリカを絵に描いたような世界が広がっています。こちらもパワーを持って行かないと圧倒されてしまうほど。写真を撮りたくても嫌がられるので、ガイドさんに交渉して撮らせてもらいます。お金を要求した上、モスリムだから顔はダメという女性も多いようです。
この国の観光スポットは何でしょうか?答えは特になし、です。マルシェを散策したりスケールの大きなモスクを見学したり。そしてジャンベの演奏を聴くなど、ギニアならではの伝統文化に触れることがこの国での観光に他なりません。

ギニアの地図を作った日本人の話

マルシェで売られる野菜もカラフル

マルシェで売られる野菜もカラフル

ギニアは貧しくとも自由を選んでフランスから一方的に独立しました。それを怒ったフランスが、ギニアの町を破壊したり、重要書類を略奪したりしたのだそうです。その際に、なんとギニアの地図も持ち去られてしまったと言います。地図がないと国のインフラ整備は進まず、ますます不便で貧困になっていきました。
そんな中、日本の測量士たちが地図作りをかってでて、なんと4年もかけてギニアの地図を作ったのです。そのエピソードがかつてNHKのドキュメンタリー番組「プロジェクトX」で取り上げられました。

この子の未来のためにも役に立ったプロジェクト!

この子の未来のためにも役に立ったプロジェクト!

一部番組の解説文を引用します。あのプロジェクトⅩの音楽を思い浮かべて読んでみてください。きっとビデオを観たくなります。
♪♪♪・・・・灼熱の大地アフリカで、日本人測量士が壮大なプロジェクトに挑んだ。
「一国の地図をゼロから作る」。それは4年に及ぶ文字通り命を賭けた壮絶な戦いだった。
1977年、地球の裏側から救いの手が差し伸べられた。日本政府はODA(政府開発援助)としては異例の総額10億円の予算を提供。ギニアの国土基本図作成に乗り出す。ベテラン測量士・本島建三(当時・52歳)を筆頭に、日本全国から腕利き測量士が集められた。しかし、その作業は困難を極めた。過酷な自然環境。摂氏40度を越す熱風が測量隊を襲った。さらに、ギニア人との深刻な文化の違い。男たちは絶体絶命の窮地に立たされた。「ギニアを豊かにしたい」という思いを胸に、アフリカの大地と格闘し、やがて現地の人々と心を通わせ一国の地図を完成させた測量士たちの冒険と挑戦のドラマを描く。 ・・・・・後略

アフリカのスイスと呼ばれる場所もあって大自然も多い国

フレンドリーなマルシェの女性と

フレンドリーなマルシェの女性と

ギニアにも素晴らしい大自然があることは、コナクリだけ観光していてもわかりません。実は国の南東部にある標高1752ⅿのニンバ山は山腹は深い森に覆われ、チンパンジーも棲息し、世界中のチンパンジー研究者から注目されています。コナクリから東150㎞に位置するブライダルベール滝(花嫁のベール滝)は、約60mの長さの滝の水しぶきが花嫁衣装のベールのように美しいことから名付けられています。週末を大自然の中で過ごす外国人客でにぎわっています。滝から流れ出る水は綺麗な小川となって、その小川に沿って壮大な竹林を見ることもできます。

コナクリの漁港

コナクリの漁港

アフリカのスイスと呼ばれるエリアもあります。ギニア北東部に位置するフタジャロン山地です。世界でも有数の降雨地帯であり、その熱帯雨林は西アフリカの2つの大河・ニジェール川やセネガル川の水源ともなっています。豊かな大自然の中で伝統的なかやぶき屋根の家に暮らし、農業や牛飼いをしているフラニ族(フルベ族)の人々の暮らしを垣間見ることもできます。
ここでのハイキングはのどかで癒されるひとときです。こぶ牛を連れて牧畜を行うフラニ族に出会うのも楽しみです。
コナクリを離れて他の国との国境近くまで行く場合は、コロナ渦以前から外務省の危険度情報によって渡航が制限されていることが多いので、事前に注意が必要です。

この国にモスリムが多いことがわかる、バカでかいグランドモスクがあった

グランドモスクの外観

グランドモスクの外観

コナクリのシンボルとも言われるのがグランドモスクです。ミナレット(尖塔)は細く長く150m~160mもの高さで聳え立ち、美しいモスグリーンのドーム屋根を持つクリーム色の壮麗なモスクなのです。セクティール大統領が1960年に建立。1984年にサウジアラビアにより修復されたそうです。

し、しぶい・・・グランドモスクの管理人

し、しぶい・・・グランドモスクの管理人

ギニアではイスラム教が主流で、モスクがいかに大切にされているかがわかります。このモスクの収容人数はなんと5000人。男性3000人と女性2000人もが一度に礼拝できるそうです。モスリムが多いのがよく理解できます。
巨大な礼拝場にはグリーンの柱がズラリと並んでいます。礼拝の時刻がネオンサインのように点灯して表示されているのも印象的でした。
コナクリで最大の観光スポットがこのモスクなのです。

ジャンベの太鼓発祥の地で体験!パワフルな演奏と踊り

ジャンベ(太鼓)演奏鑑賞

ジャンベ(太鼓)演奏鑑賞

ギニアに行くなら絶対聴いてみたかったのがジャンベと呼ばれる太鼓の演奏。ギニアが発祥の地で西アフリカの民族の伝統打楽器ジャンベは細長い太鼓で、両手でたたきます。ガイドさんに連れられてジャンベのセッションを聴きに行きました。4人ほどの男女が集まり、大きな太鼓と共に2人がジャンベをたたきます。ダンスを踊る人もいて盛り上がります。普通の民家の中庭で、洗濯物が干してあったり、子供たちが集まってきたり、村の長老らしきおじいさんも姿を見せました。素朴なムードの中で人々とのふれあいもまた楽しいもの。

ジャンベ(太鼓)演奏者と

ジャンベ(太鼓) 演奏者と

ジャンベの演奏が始まりました。迫力ある太鼓の音が体の中まで響いてきてすごい!!一番迫力がある上手な奏者はなんと細くて小柄な女性。すごくパワフルでびっくりです。ダンスもニコニコしながら激しく踊って見せてくれました。これぞアフリカの鼓動。感動的な時間。これを聴けただけでもギニアへ来てよかったと思いました。
ジャンベの演奏に酔いしれて、私はギニアが大好きになったのです。

パーニュと呼ばれるカラフルな布で洋服を作ってもらった

マルシェでパーニュを売る女性たち

マルシェでパーニュを売る女性たち

マルシェで圧倒的な魅力を見せているパーニュ屋さん。山積みされているパーニュと呼ばれるギニア独特の色柄の素敵な布地は、まるで色の洪水のように美しい世界を生み出しています。パーニュで仕立てたカラフルなドレスを普段着にしているギニアの女性たちが店番をしているのも見ていて楽しく、髪の毛の編み方も人それぞれ個性があって面白いのです。積み上げられたパーニュはカラフルでアフリカらしく魅力的なもので、どれもが欲しくなるものばかり。マルシェでパーニュを買ってワンピースなどをオーダーメイドもしてくれるそう。マルシェだと20ドルから25ドルでワンピースを作ってくれるからお買い得。

ドレスの仕立て屋さんにて

ドレスの仕立て屋さんにて

私も布地をお土産に買って、洋服をオーダーメイドしようとガイドさんに相談すると、せっかくなので、本格的なオーダーメイドをしてくれる生地屋さんに行けばいいと紹介してくれました。行きつけの生地屋さんは、マルシェのような露店ではなくて、一軒家の立派なブティック。マルシェで山積みされている布地とは違って、パリ直輸入モノなんかもあるセンスのいい生地がずらりと並んでいます。コットン素材のきれいな染布にも目を奪われたけれど、化繊ながら斬新な色柄の布地を発見。自分で作ってほしいデザインを描けば、それに近いものを作ってくれます。シルキー素材で柄が派手な分、カットはシンプルに、丈はひざ下10cmくらい・・などと注文を付けて、デザインも決定します。同柄のスカーフとセットで生地代が40万フラン(約40ドル)仕立て代が25万フランで、合計65万フラン(約65$)。それでも自分だけのワンピースが好きなデザインでオーダーできたから、かなり嬉しい気分。今でもちょっとした食事の時などに、そのワンピースは日本でも重宝しています。

ギニアへの行き方

コナクリのフィッシュマーケットにいた兄ちゃん

コナクリのフィッシュマーケットにいた兄ちゃん

ギニアの玄関口、コナクリの空港へは日本からは経由便を利用します。ターキッシュエアラインズの場合は、羽田からイスタンブールまで直行で所要12時間30分。そこからコナクリまで9時間35分。ただしイスタンブールでの乗り継ぎ時間が長めなので、日本からのトータル所要時間は34時間近くとなります。エチオピア航空の場合は成田からアジスアベバまで仁川経由で16時間40分。そこからコナクリへは経由便で9時間5分。こちらの乗り継ぎはちょうどいい時間で、トータル所要時間は29時間ほどとなっています。
パリから入るルートもあります。エールフランスがパリからシエラレオネのフリータウン経由コナクリへフライトを飛ばしています。かつてのフランスの植民地路線でしょうか。よってフリータウンからコナクリへ入る場合は大型の快適なフライトで30分ひとっ飛び。コナクリの後はまたパリへ戻る三角飛び周遊フライトとなっています。

ギニアフランの紙幣 2万フランは約2US$

ギニアフランの紙幣 2万フランは約2US$

ビザは事前に日本のギニア大使館で所得しておきましょう。ビザ申請時に黄熱病の予防接種の証明書であるイエローカードも必要なので、早めに接種しておくのがベター。予防接種は一度受けたら一生涯有効です。
こういう国では入国検査が大変で身構えるのですが、ここは入国カードも税関カードもなし。イエローカードもざっと見るだけでおしまい。指紋検査はあるものの意外にシンプルで、私の時は何も聞かれませんでした。
フランスの植民地だけあって通貨はギニアフラン。本土フランスではフランを使わなくなって久しいですが、こうした植民地だった国々ではフランという名の通貨が根強く残っているのです。1ドルが約1万フランなので、200ドル両替したら189万ギニアフランになってどっさり札束を抱えることになりました。

ギニアのツアー

シェラトン・グランド・ホテル・コナクリの客室

シェラトン・グランド・ホテル・コナクリの客室

ギニア単体のツアーを扱っている旅行会社は極めて少ないでしょう。団体旅行でもめったにないですが、周辺の国々と一緒に組み合わせて訪問するのが一般的です。自分が行きたい国々をうまくカバーしている周遊旅行が見つかる可能性は低いので、できれば希望に応じたプランを個人旅行として組んで手配してくれる旅行会社を見つけることがお勧めです。見所を上手くカバーした単体のツアーも合わせて個人旅行を催行している旅行会社で探すのが得策です。団体旅行は今や3蜜。アフターコロナ、withコロナのこれからの時代にフィットする旅のスタイルとは言えません。個人旅行の時代なのです。

フレンドリーなコナクリの人々と

フレンドリーなコナクリの人々と

アフリカに強く、実際にスタッフがギニアを訪れて、旅のアドバイスができる会社であることが大切です。ベースとなる個人旅行のモデルコースがあるので、それを多少アレンジしてもらったり、自分だけのプランを作ってくれるはずです。

いかがでしたか?未知なる国、秘境の国ギニアですが、色彩に溢れ、エネルギッシュなジャンベのリズムが響くこの国の魅力がわかり、少し身近な存在になれば幸いです。コロナが終息したら西アフリカへ行ってみたいと考えているあなた。ぜひこの国も旅先候補に入れてみてください。

 

ペンギン案内人2号/井原 三津子

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