コートジボワールとは?どこにある国?行き方やツアーもご紹介

カランドゥーラの滝はビクトリア滝に次いでアフリカ第2の滝

カランドゥーラの滝はビクトリア滝に次いでアフリカ第2の滝

アフリカ南西部、ナミビアの北に位置するアンゴラ。アンゴラという国名を聞いてもヨーロッパのアンドラと間違う人も多いでしょう。少しアフリカに詳しい人でもアンゴラって内戦してなかった?という始末。内戦は2002年には終わっていますよ。現在は石油やダイヤモンドの資源のお陰でめざましい経済発展を遂げつつある国なのです。首都はルアンダ。これまた別の国のルワンダと間違えそうですね。今や港に面して高層ビルも立ち並ぶ近代都市です。ポルトガルの植民地時代の名残でポルトガル語が話されるこの国には、砂漠や山岳地帯、サバンナと自然が広がり、予想以上に見所が豊富なのです。アンゴラは本当に辺境中の辺境なんでしょうか?

アンゴラってどんな国?

ペドラス・ネグラスの一部を遠目に見る。女性は皆、頭に荷物を載せて運んでいる

ペドラス・ネグラスの一部を遠目に見る。女性は皆、頭に荷物を載せて運んでいる

アンゴラへ行くと言うと、皆にどんな国?何があるの?内戦は大丈夫?と聞かれました。ナミビアの北にあるから南部アフリカのエリアに位置するかと思っていたけれど、地図を見るとタンザニアのダルエスサラームと緯度がほとんど変わらないし、北にはコンゴ民主共和国があるし、南アフリカのヨハネスブルクからのフライトが4時間もかかるので、むしろ中央アフリカに近いことがわかりました。
行くまではアンゴラはハードルの高い国かと思っていた私。物価も世界一高いと言うし、ビザを取るのも大変だし、その割に見所がない国という噂をよく聞いていましたから。
ところが実際この目でアンゴラと言う国を見て来た感想は、ユニークで面白い国、アフリカのどこの国とも違う、行けば自分がパイオニアになった気分に浸れる国。それがアンゴラでした。

ビーズの三つ編みも様になる

ビーズの三つ編みも様になる

アンゴラはポルトガルから1975年に独立。遅い独立の後、不幸なことに27年にも及ぶ内戦が続いたせいで国土が荒廃したのです。でも2002年の内戦終息後、ダイヤモンドや石油の資源のお陰で発展を遂げて現代に至る、そうした歴史があります。
辺境感漂うイメージの国ですが、実は観光はそれほどハードではありません。国内の見所を駆け回るのにはトヨタのランドクルーザーが活躍しますが、舗装された1本道を時速100㎞で走り抜けると、赤土の大地には何千何万本ものバオバブの木々が群生しているのが見えるのです。マダガスカルにあるようなきれいなバオバブではなく、太いのや細いのや大きいのやら小さいのやらゴチャゴチャしながらも、それぞれが形を誇示するみたいにニョキニョキと地面から生えているのです。迫力溢れる風景です。
毎日380㎞とか450㎞とか修行僧のような移動をするのですが、それもまた楽しいものです。国立公園でサファリを楽しんだり、その時泊まる川沿いのロッジの居心地の良さや心尽くしの食事の美味しさに驚いたり。
この国の見所のハイライトと言えばカランドゥーラの滝でしょう。アンゴラの人たちはビクトリア滝と勝手に競っているようでしたが、実は比較にならないくらいのスケールの(小さめの)滝でした。でも予想以上にいろんな見どころがあることを知った自分がやはりパイオニアになれたような、嬉しい気分に浸れたのは事実です。

アンゴラ独立戦争、内戦から現代まで。幸せとは言えなかったアンゴラの歴史

戦車が放置され、内戦の傷跡も見られる。ヌダラタンド近郊にて

戦車が放置され、内戦の傷跡も見られる。ヌダラタンド近郊にて

アンゴラは16世紀からの長い年月ずっとポルトガルの植民地下にあった国でした。首都のルアンダは1575年にポルトガルによって建設された港町でした。かつてはたくさんのアンゴラ人が奴隷としてアメリカ大陸へ送られていたそうです。ところがアンゴラの経済が成長した今では、皮肉なことにポルトガル人の多くがアンゴラに出稼ぎに来ているそうですから、時代の移り変わりに驚きます。
植民地時代に終わりを告げたのがアンゴラ独立戦争(1961年~1974年)でした。その後1975年にアンゴラが独立。しかしながらすぐに内戦が勃発。アンゴラ内戦は1975年から2002年まで続いたのです。当時のソビエト連邦、キューバ、南西アフリカ人民機構などの支援を受けたMPLAと、アメリカ、南アフリカ、ザイール、中華人民共和国の支援を受けたUNITA、FNLAによる内戦で、典型的な米ソ代理戦争だったため、内戦は長期化したのです。

小さいのにお洒落な女の子も

小さいのにお洒落な女の子も

2002年に内戦は終わりをつげたものの、当時の国土は荒廃していたそうです。その後の経済成長は、すべて石油が採れたことと、ダイヤモンドが採掘されたことによるのです。とりわけオイルのパワーはすごい!!国民の給料も上がり、それと並行して物価も上がり続け、今やルアンダの物価は世界一高いとも言われています。
私も旅行中ルアンダのホテルで食事したところ、ビュッフェのディナーが日本円にして6000円ほど、ビールは600円、ミネラルウォーター2リットル700円、まずいティーバッグの紅茶が450円など、腹立たしいほどの高さだった気がします。でも海に面したルアンダの街には、中国資本のビルやショッピングモールにホテルが建ち並び、アフリカのどの都市とも異なるおしゃれでモダンな街になっていたのです。
危ない国と言うイメージのアンゴラですが、今は平和でアフリカの他の大都市(ヨハネスブルク、ナイロビ、キンシャサなど)に比べると、それほど危険ではないのが現状です。

アンゴラのあれこれ情報 言葉は?宗教は?食事は?

田舎の教会にいた女性。こうしたカラフルな布を纏っている女性は一般的

田舎の教会にいた女性。こうしたカラフルな布を纏っている女性は一般的

ポルトガル領時代が長かったので、公用語は今なおポルトガル語。英語は通じにくく、ホテルでも片言の英語しか通じないスタッフが多いのです。同じポルトガル語の国でも、ブラジルはホテルでは英語が通じるので、その辺りも辺境の国のイメージ通り。
これもポルトガルの影響で、宗教は95%がカトリック。教会は国中にあります。
人口は3081万 (2018年)。人口の多くは貧困で、少数が富裕層。中間層はないそう。ちなみに失業率は20%ほどだそうです。石油の恩恵は一部の富裕層に入り、貧富の差は大きいのです。

田舎のホテルでよくあるビュッフェディナーはこんな感じ

田舎のホテルでよくあるビュッフェディナーはこんな感じ

食事はポルトガルの影響で西欧スタイルが一般的。朝はパンとコーヒー、紅茶、チーズやハム、卵料理など。ランチが主となる食事で、ディナーは軽めなのが国民のスタイルです。観光客向きにはスープとメインディッシュ。スープには野菜やパスタ、ソーセージなどが入っているものが多いです。メインは肉料理か魚料理。ホテルではビュッフェも一般的です。
キャッサバやトウモロコシの粉から作るねっとりした練り粥のような「フンジ」は主食としてトマトベースのソースなどをかけて食べるのもポピュラー。ローカルフードは他にも「ルアンバ」という、チキン、ピーナッツ、オクラなどをパームオイルで煮たシチューもありました。
水はペットボトル入りがどこでも手に入ります。ローカルビールは5種類ほど。ワインも南アフリカやポルトガル、チリなどから輸入されていてどこでも飲めます。コーヒーはエスプレッソやカプチーノもあって美味しいです。

カランドゥーラの滝はビクトリア滝のライバル??

カランドゥラの滝はアンゴラ人の自慢

カランドゥラの滝はアンゴラ人の自慢

アンゴラの国民はカランドゥーラの滝にかなり誇りを持っているらしい・・・滝のうわさを聞くと、ビクトリア滝みたいに迫力があって、ビクトリア滝は我らのライバルなんです、とのことでした。実際に見に行きました。ルアンダの街から東へ360㎞、アンゴラ観光のハイライトだから行かなきゃ始まりません。私が訪れた9月は乾季なので、少々迫力に欠けたのですが、雨季の1月から4月に行けばかなりの迫力があるそうです。落差105m、幅400mあって、たしかにビクトリア滝に次いでアフリカ第2の滝でした。世界3大滝のビクトリア滝と比べるのは可哀想ですね。
斜め上方から滝を眺める「ミラドール」。往復で1時間かけて急斜面を降りていき下から見上げるのと、もうひとつ車で1時間ほど走って対岸から別アングルで楽しむ方法があります。どれもが迫力満点で美しのです。滝の真上まで近付いて行けるポイントは、入場料もかからない代わりに、自然のまま。柵も手すりもないので、気を付けないと崖から落ちたらさようなら・・・です。それにしても、国一番の観光地だというのに、展望台ではそこら中にゴミが散乱していたり、廃墟のようなゲストハウスが残っていたり、全く管理が行き届いていなかったのは残念でした。まだまだ発展途上のようです。

滝に上方から見下ろすこともできる

滝に上方から見下ろすこともできる

滝に行くために1泊したホテルが面白かったのでご紹介しましょう。滝から6㎞ほどに位置するカランドゥーラ・ヨラカホテル KALANDULA YOLAKA HOTEL。田舎の3つ星ホテルだけあって英語はほぼ通じません。スイートルームが用意されていたのはいいですが、だだっ広いだけの部屋の真ん中に真っ赤な円形ベッドがポツリ。ラブホテル??!バスルームにはジャグジーやテレビまで付いています。驚くのはまだ早いですよ。せっかく大きなバスタブがあっても栓が抜けない!お湯はすぐに水に変わる!シャワーのドアの開け閉めが異様に固い!タオルは大きいのが1枚だけ。歯磨き用のコップをくれませんかとスタッフを部屋に連れてきて説明すると、「コップはない。こうしてうがいして!」と水を手ですくって見せてくれます。(笑)仕方なくレストランへ行ってグラスをもらって来たのでした。ゴミ箱もトイレの片隅に小さいのが一つだけだったので、お部屋用のはない?と聞くと「ない」のひと言。ホテルのディナーのビュッフェもヘニョヘニョのフライドポテトがすべてを語っておりました。さすがは辺境の国、秘境の国アンゴラのホテル!(ちなみに首都ルアンダのホテルはそんなことはありません)

エラそうな名前のキッサマ国立公園でサファリ。かつては肉のため動物が殺されていた?

キッサマ国立公園ではキリンにも出会えた

キッサマ国立公園ではキリンにも出会えた

キッサマ国立公園はちょっと偉そうな名前ですが、動物はそれほどいるわけではありません。ここは川沿いのサバンナエリアを柵で囲って、2000年に南アフリカやボツワナから動物を購入して始まったそうです。それ以前はサファリで出会うような動物でも、地元民は殺して食べていたそうです。さすがに国立公園になってからは禁止されてそういうことはないですが。
ルアンダからは車で1時間ほどなので予想外に都会に近い国立公園なのです。ただし、本格的なサバンナや川、木々に緑のブッシュの風景の中をサファリカーで走っているだけでムード満点。全部で15頭の象など、動物がいるにはいますが、昼間のサファリはやはり動物が隠れてしまうので物足りないものでした。キリン3頭、ブッシュバック5匹、ヌー2頭、クドゥ1頭。以上が2時間のサファリドライブの成果。ガイドさんは「ここは動物園じゃないですから、何が見られるかは保証の限りではない」と言うのも確かです。ケニアのサファリなどとは対極にあります。その代わり車にもめったに出会わないし、人っ子ひとりいない、サバンナを独占している気分は上々。動物を見つける喜びが味わえるのです。

クワンザ・リバーロッジのテラスで心地よい朝食タイム

クワンザ・リバーロッジのテラスで心地よい朝食タイム

サファリの拠点となるロッジに1泊しました。その名はクワンザリバーロッジKWANZA RIVER LODGE。クワンザ川の川沿いにあって、自然豊かでサービスも行き届いた居心地いいホテルでした。シンプルながら室内はエアコンが効き、ホットシャワーも出ます。蚊帳のあるベッドや物を置くスペースもたっぷりの便利な棚もあって快適。虫1匹部屋に入ってこなかったのには驚きでした。食事も心配りを感じるもので、ビュッフェも少ないゲスト用に作り立てを出してくれました。炊き立てご飯、熱々の揚げ立て川魚のフライ、手作り感満載のフレンチフライ、絶品のエビのガーリック炒め、メキシコでよく出る煮豆、デザートは熟したマンゴにアイス。どれもが美味しく、エスプレッソマシーンまで置いていたので、美味しいコーヒーがいただけました。
ロッジのクルーザーで目の前の川をクルーズする体験は楽しいものでした。きれいな鳥や木の間に見え隠れするサルを探したり・・・。質素でも心温まるロッジとはこういうところなのでしょう。

自然の生んだアートの世界 ペドラス・ネグラス vs ミラドゥロ・ダ・ルア そしてヒンバ族の話

ペドラス・ネグラス。これから岩山の中まで入っていきます

ペドラス・ネグラス。これから岩山の中まで入っていきます

ポルトガル語で「黒い石」の意味のペドラス・ネグラス。ユニークな形の巨大な奇岩がいくつも聳える景勝地です。みずみずしい木々の緑を手前に見る奇妙な形の岩山の景観は圧巻です。たくさんの岩を乗り越えて行く展望台からの眺めは、オーストラリアのエアーズロックのそばにあったマウントオルガのようでもありました。
対してミラドゥロ・ダ・ルアは「月の展望台」という意味で、ルアンダの街の近郊に位置しています。切り立った崖と地層が織りなす奇岩風景は、中国の石林のように壮大で、これを見下ろす展望台からの眺めは見ごたえ十分です。特に夕日の時間帯に訪れることができるなら、その美しさは倍増するはずです。

ミラドゥロ・ダ・ルア。こんな不思議な自然の造形が首都の街から近い場所にあるのもすごい

ミラドゥロ・ダ・ルア。こんな不思議な自然の造形が首都の街から近い場所にあるのもすごい

アンゴラはナミビアと国境を接しているため、海岸線にナミブ砂漠もナミビアから続いて存在しています。ナミブ砂漠に自生するウェルウィッチャー(奇想天外)という1000年も長生きする植物は、ここアンゴラの砂漠でも見つけることができます。
ナミビアの最北部には国境に位置するエプーパの滝があって、そこには孤高の民ヒンバ族が暮らしています。全身を赤茶色に塗った美しく誇り高い人々です。ナミビアのヒンバ族は国境を越えてアンゴラへも行くという話をかつてヒンバ族の村で聞いたことがありました。実はアンゴラではヒンバ族はムムイラと呼ばれ、やはり独自の伝統的な暮らしをしているのです。

海辺のモダンな大都会 首都ルアンダ

ルアンダの城塞に飾られた偉人の銅像

ルアンダの城塞に飾られた偉人の銅像

夜景の美しい、大きくてスタイリッシュなレストランのテラス席。ビールやポルトガルのワイン、ヴィーニョヴェルデを飲みつつチキンブロス(コンソメスープ)やロブスターテルミドールに舌鼓。味もよくサービスも丁寧で申し分ないお店です。
そう、ここは東京でもリスボンでもニューヨークでもありません。アンゴラの首都ルアンダなのです。こんなに素敵なレストランがあるなんて、この街がいかに発展しているかがわかりびっくりしました。そしてその値段の高さにも驚きます。ロブスターの料理が一皿6000円以上するし、ミネラルウォーターのボトルが1200円ほど。もちろん高級レストランのお値段ですが、へたすると東京以上。やはりルアンダの物価が世界一高いという噂はまんざら嘘ではなさそうです。
しっかりした5つ星ホテルもありました。海に面した港町なので、ホテルもオーシャンビュールームがあって眺めも楽しめます。ただし最高級ホテルでも、バスタブに張ったお湯が汚れていたり、その辺りはこの国の限界なんでしょうか。
4つ星ホテルの一番安い部屋でも500ドルほどするそうなので、5つ星のホテルのオーシャンビューの部屋は大変です。

ルアンダの城塞に来ていた学生たち

ルアンダの城塞に来ていた学生たち

ルアンダの市内観光に出かけました。渋滞している道をトロトロ走りながら、海辺の町に残された内戦の傷跡も垣間見えます。新しいショッピングモールやホテルが建ち並び、アフリカのほかの大都市とは異なるおしゃれな町ではトヨタや日産、ヒュンダイなどが走っています。トヨタのランドクルーザーはここでは5万ドルもするそうですが、やはり車にこだわる人はトヨタを選ぶそうです。
見どころのナンバー1は城塞でしょうか。バスコダガマや様々な英雄たちの銅像が立ち、戦車や大砲、ヘリの残骸なども展示されていて、地元の学生たちも見学に来ていました。1628年にポルトガルによって建てられたポルトガル風のカトリック教会がルアンダ大聖堂です。市内観光はこれにて終了。渋滞していても2時間あれば十分でした。

秘境中の秘境としてアンゴラは様々な魅力を見せてくれましたが、首都ルアンダにいる限り、この国は秘境とはほど遠いモダンな国と感じるのです。秘境らしい田舎とモダンなルアンダ。この対比こそがこの国の魅力なのかもしれません。

アンゴラへの行き方

ペドラス・ネグラスの迫力ある大自然

ペドラス・ネグラスの迫力ある大自然

冒頭で触れたように、アンゴラの場所は中央アフリカのエリアに近いため、日本からヨハネスブルク経由で入るより、玄関口であるルアンダの空港へのフライトがある航空会社が便利です。例えば、エチオピア航空のフライトだと、成田からアジスアベバまで16時間40分ほど。そこからルアンダまで5時間10分ほど。カタール航空だと、ドーハまで11時間50分。ドーハからルアンダまで8時間45分ほど。エミレーツ航空だとドバイ経由で所要時間はカタール航空に近いものです。待ち時間を合わせると21~24時間程度見ておいた方がいいでしょう。

ルアンダの城塞に飾られていた動物のアズレージョはポルトガル風

ルアンダの城塞に飾られていた動物のアズレージョはポルトガル風

ビザの取得は事前に日本の大使館で行いますが、代理申請が不可なので、自分で東京の代沢にある大使館へ出向きます。その際、黄熱病の予防接種の証明イエローカードと航空券のe-チケット、現地旅行社からもらう招聘状(インビテーションレター)などの書類を揃えていき、指紋も採られます。なかなか厳しいのです。入国時はスピーディーでしたが、アメリカのように顔写真や指紋を取られます。

アンゴラへのツアー

曇りの日のルアンダの海岸沿いの町並み

曇りの日のルアンダの海岸沿いの町並み

アンゴラ単体のツアーを扱っている旅行会社は極めて少ないでしょう。団体旅行でもめったにないですが、周辺の国々と一緒に組み合わせて訪問するのが一般的です。ところがアンゴラに行く際に首都のルアンダだけに行っても、この国の魅力には触れることができません。よって最低でも3泊か4泊はすることをお薦めします。124.7平方キロとかなり広い国なので、国内を周遊して、最大の見所カラントゥーラの滝やサファリのできるキッサマ国立公園などを訪れる場合は、最寄りのホテルに滞在することになります。

ペドラス・ネグラスにてドランバーガイドさんと

ペドラス・ネグラスにてドランバーガイドさんと

アンゴラの見所を上手くカバーした単体のツアーは、個人旅行を催行している旅行会社で探すのが得策です。アフリカに強く、実際にスタッフがアンゴラを訪れて、旅のアドバイスができる会社であることが大切です。ベースとなる個人旅行のモデルコースがあるので、それを多少アレンジしてもらったり、自分だけのプランを作ってくれるはずです。さすがに日本人旅行者は少ないので、個人ツアーの場合は現地ガイドは英語でご案内してくれるのが一般的ですが、私が行った際もガイドさんはとても親切で、ポルトガル語の国なので、ネイティブではない分英語は比較的聞き取りやすく、快適な旅ができました。

 

ペンギン案内人2号/井原 三津子

タイトルとURLをコピーしました