ディープなアフリカ【トーゴ・ベナン・ガーナ】を巡る旅

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ガーナの女性たちからスマイル頂きました!地元の人々とのやりとりも旅の醍醐味。

ディープなアフリカを体験するならトーゴ・ベナン・ガーナを周遊するのが俄然オススメ。アフリカと言えば動物サファリや北アフリカを巡るツアーが定番ですが、今回ご紹介する西アフリカのギニア湾沿い3国では人々の生活に触れる事ができ、アフリカ本来の姿を見る事ができます。一歩足を踏み入れれば、動物の骨が並ぶ呪術マーケット、湖の上で暮らす人々、見たこともないような形の家屋。これぞ真のアフリカです。現在は治安も比較的安定しており、なおかつまだまだ旅行者も少なく、観光地化していない…、いつ行くの?今でしょ!底なし沼の魅力を前に好奇心もアドレナリンも止まりません!

野口英世研究所(ガーナ・アクラ)

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野口さんとご対面。コルレブ病院にある野口英世記念館の日本庭園にて。

ガーナのアクラには日本の偉人・野口英世が晩年黄熱病の研究を行った研究所跡があります。コルレブ病院の一部を研究所として使用していましたが、実際に使用した顕微鏡や当時の写真など、その当時、英世がどのような事をしていたのか分かる展示がされています。この研究所は今でも学生たちが使用しています。

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野口英世が実際に使った顕微鏡。歴史の重みも相まって、ずっしり重そう。

研究所跡には野口英世の手紙や写真、新聞などが展示され、壁には「忍耐」という直筆の書も飾られています。展示物の中には黄熱病罹患後の英世の体温の計測記録も残っており、高熱にうなされながら何を思ったのだろうと考えてしまいます。また荒れてはいますが、研究所のそばには日本庭園もあり英世の銅像を見る事ができます。

世界遺産エルミナ城(ガーナ・エルミナ)

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世界遺産エルミナ城は、人類の歴史の闇をずっと眺め続けていたのです。

世界遺産エルミナ城は1482年にポルトガル人によって築かれた城塞で、金や奴隷の貿易の拠点として使われました。以来、このあたりのギニア湾海岸線は”奴隷海岸”と呼ばれるようになります。なんとも恐ろしい名前です。17世紀にはオランダ人が占領し、その後1871年には大英帝国が占領。大英帝国が奴隷貿易を中止するまで大西洋奴隷貿易の主要交易地としてこのエルミナ城は使われました。

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ケープ・コースト・キャッスル。

城は大きく手を加えられることもなく、当時使われた要塞がそのまま残されています。中には奴隷を入れておく部屋や船を積むための要塞からの出口など見学する事ができ、その当時の雰囲気を知る事ができます。教科書に書いてあった奴隷海岸に今自分が立っていると思うと、なんだか感慨深いものがあります。

クマシ(ガーナ・クマシ)

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クマシ王宮博物館。

クマシはガーナ第2の都市で、17世紀末から19世紀までアシャンティ王国の首都であった街です。アシャンティ王国はガーナ独立後の今もガーナ共和国政府が認める正式な立憲君主制王国としてガーナ共和国内に存在しています。このアシャンティ王国の伝統的建築物群は1980年に文化遺産として世界遺産に登録されています。

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世界遺産アシャンティの伝統的建築物群。

アシャンティ王国の伝統的建築物群として、10軒の神殿を含む13の建造物群が1980年に世界遺産に登録されています。多くの建物が20世紀以降に再建されたもので、現存するのは神殿建築がほとんどです。基本構造は中庭を取り囲むように建てられています。建材には泥やヤシの葉が用いられており、これらの建材や建築法は、通風性にも優れた構造になっています。

呪術マーケット(トーゴ・クマシ)

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ブードゥーの儀式に使う品々。なんというインパクト!夢に出てきそうで怖い…。

トーゴの国教はブードゥー教です。その儀式に使う品物は、呪術マーケットで購入する事ができます。観光客用というよりは地元の人が自分で使う為に購入するケースが大変多いです。呪術マーケットはとりあえず骨、また骨、またしても骨、さらに骨、くどいほどに骨、たまに鳥のはく製、となかなか衝撃的です。素人(?)の私からすると、何に利用するのかサッパリ分からないものだらけです。

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日本でいうお地蔵さんみたいな物だろうか?店番の青年にも聞くに聞けない。

ブードゥー教は一部怪しい黒魔術のように思われていますが、これは奴隷としてアメリカに渡った人たちがハイチなどで広めているブードゥーで、トーゴやベナンで親しまれているブードゥー教とは全く異なるものです。確かに怪しげな品物を使いますが、基本的には人々の幸福を願う安全な宗教です。観光客でも正式にお願いすればブードゥー教の儀式をする事も可能です。

世界遺産クタマクの伝統的家屋(トーゴ・クタマク)

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タタと呼ばれる伝統的住居。この謎めいたフォルム、妙に心惹かれる。

世界遺産クタマクはトーゴ北部にある非常に小さな集落で、タタソンベと呼ばれる独特な家屋を作り生活しています。このタタソンベですが、すべて土で作られており、17世紀前後に初めて作られたタタソンベからほとんど作り方も変わっていません。小さく見えても2階建てで、1回には家畜を入れる部屋とキッチンがあり、2階には寝室やバスルーム(というか雨どい)、収穫物の貯蔵庫などがあります。コンパクトながら快適そうですね。

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2階にある穀物庫へのぼる住民。

彼らは、一家族に対し1つのタタソンベを作り、集団で生活しています。家族の男子が成長し、独立する際にはヤリもしくは弓矢を打ち、その落ちた所に新しいタタソンベを作るのが風習となっているようです。そんな風に私も引っ越し先を決めたいです。いや、うーん、どうかな。やっぱり日本でそれは不便かな。
世界遺産に指定された今でも実際に部族が住んでいて、その生活を見る事ができます。ちなみにタタソンベはベナンでの呼び名で、トーゴではタタソンベヤマと呼ばれています。

世界遺産アボメイの王宮軍(ベナン・アボメイ)

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世界遺産アボメー王国の王宮。

アボメは2017年まではベナン唯一の世界遺産で、アボメイの王宮群がある街です。かつての古都で、フォン人によって作られた王国は17世紀に始まり、19世紀にフランスに征服されるまで続きました。歴代12人の王たちが築き上げた12の王宮は、奴隷貿易などを一手に握り、中央集権的な権勢を誇っていました。

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アボメー王国の国王記念碑。掲げた手の平からハンドパワーを感じる気がします。

この世界遺産の王宮群は、フォン人たちによって築かれ1985年に世界遺産に登録されています。全体が現存しているのは2つの王宮のみです。王国に所属した女性兵士の武装集団もいたそうで、彼女たちはアマゾンと呼ばれていました。王宮群にはその当時のレリーフなども残されています。

世界遺産ガンビエ水上集落(ベナン・ガンビエ)

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水上集落の人々にとって欠かせない移動手段、ボート。

ガンビエはアフリカ最大の水上都市で、経済的首都のコトヌーから近いノコウエ湖の水上にあり、世界遺産として認定されています。16世紀から17世紀にかけてトフィヌ人が、その当時奴隷貿易で強大な権力を誇っていたフォン人の奴隷狩りから逃れるために、安全な湖の水上に移り住んだのがこのガンビエの始まりとされています。

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観光地ではなく、あくまで人々の生活の場。写真は控えめにね!

今でも多くの人々が住んでおり、病院や学校などインフラも整っています。ホテルもあるので宿泊も可能です。このガンビエの住人はかつて写真を撮られ許可なく本などに掲載されたため、写真を撮られる事を極度に嫌がります。そのためメディアへの露出も少なく、まだまだ知られていない世界遺産となります。

 

ペンギン案内人0号

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